CASE STUDY
導入事例
現場が磨き上げる生成AI - 製薬会社のニーズから生まれ、育つSTiV
はじめに:なぜSTiVは必要とされたのか
製薬業界ではここ数年、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が大きなテーマとして語られています。研究開発の効率化、薬事申請の迅速化、品質保証や査察対応の合理化など、経営層から現場に至るまで「デジタルをどのように活用するか」は避けて通れないテーマです。
しかし実際には、多くの企業で思うように進んでいないのが実態です。人材不足、製薬企業特有の煩雑な業務プロセス、ベテラン依存による知識の属人化――これらが一体となり、DX推進の壁になっているのです。
太陽ホールディングスとそのグループ会社、さらにユーザーであるKMバイオロジクスは、こうした業界共通の課題に正面から挑みました。現場の切実な声を起点に、グループ横断でAI活用の道を模索し、その中から誕生したのが「STiV」です。
STiVは、製薬会社の実務から生まれ、製薬会社の現場で磨かれ続けている、言わば「製薬発AI」です。本文では、STiVが生まれるまでの背景と、導入によって得られた成果について、関係者の声を通じて詳しくお伝えします。
※ 本記事はSTiV開発の背景と各社の声を中心にご紹介します。実際の「導入前に抱えていた課題」・「導入効果」・「具体的なユースケース」の詳細は、こちらの無料ダウンロード資料にてご覧いただけます。
グループ戦略の中で生まれた構想 太陽ホールディングス株式会社 常務執行役員/CDO(Chief Digital Officer)最高デジタル責任者 俵 輝道 氏
太陽ホールディングスでDX戦略を統括する俵氏は、グループ全体の多様な事業の中で、製薬企業が抱える構造的な課題に着目しました。こうした難題の解決は業界全体に波及するインパクトを持ち、同時にグループの持続的な成長にもつながると位置づけ、DXに着手しSTiVの構想が生まれました。
ー STiVの構想はどのように始まったのでしょうか。
太陽ホールディングスは、太陽ファルマと太陽ファルマテックという2つの製薬会社をグループ会社として抱えています。製薬業界特有の複雑な業務プロセスへの対応負担や対応人材の不足が大きな課題となっていました。知識の属人化や業務効率化の停滞は、グループ内にとどまらず製薬業界全体に共通する構造的な問題であり、この解決はグループの持続的成長に直結すると同時に、業界全体にも大きなインパクトがあると考えました。
太陽ホールディングスはDX推進の三本柱――攻めのDX、守りのDX、DX基盤構築――を策定しました。その中でも攻めのDXは、既存の事業構造にとらわれず新たな事業機会を創出することを目的とし、特にグループのICT事業を担うファンリードにおいては、付加価値の高い自社製品・サービスの提供を加えたビジネスモデルへ転換することを重要な経営課題と位置づけていました。
この方針のもと、グループ全体の業務課題を探索した中で、①業界全体に共通するニーズがあること、②差別化の余地が大きいこと、③短期間で商品化が可能であることを満たすものとして、製薬業務におけるナレッジマネジメントをAIで実現する構想が生まれました。
この構想は社内の業務改善にとどまらず、情報システム部門をコストセンターからプロフィットセンターへと転換するビジネスモデル改革でもあります。このような背景もあり、グループ会社の課題解決を出発点としながら製薬業界全体の変革に貢献する取り組みとしてSTiVを立ち上げました。
ー 具体的にはどのような課題感をお持ちだったのでしょうか。
例えば監査や査察対応の準備では、数多くの文書を人が探し、根拠を確認し、照会事項に答える必要があります。これには時間も人手も必要で、しかも属人的な知識に依存してしまいます。SOP改訂でも同じで、関連する文書を正確に把握するのは非常に難しいです。こうした課題は現場からも強く訴えられていました。
これが、“AIで現場を助ける仕組みを作れないか”という議論の具体的な出発点です。STiVの構想は、まさに現場の声と経営戦略が交差した地点から生まれたと言えます。
13品目の承継が突きつけたデジタル化の必要性 太陽ホールディングス株式会社 常務執行役員/太陽ファルマ株式会社 代表取締役社長 飯塚 比奈子 氏
太陽ファルマの飯塚氏は、2017年に中外製薬から承継した13品目が、同社にとって大きな経営課題を突きつけたと語ります。経営・現場の両面において、短期間で対応を迫られた出来事でした。
ー 13品目の承継はどのような課題をもたらしましたか。
承継品目は長期収載品で、関連する過去文書は膨大でした。しかも一度に大量に引き継いだため、短期間で品質保証や薬事対応の体制を整えなければならなかった。現場は“どこに何があるか分からない” “誰が知っているのかもはっきりしない”という状態で、属人的に業務を回さざるを得ませんでした。
特に薬事分野では、情報ソースが社内外に散在しており、必要な規制情報や過去資料を集めるだけでも非常に時間がかかりました。薬事人材も限られていたため、担当者1人あたりの労働時間が大きく増加し、疲弊が進んでいました。
一方で、品質保証部門では監査要員の育成が最大のボトルネックでした。一人前になるまでに3〜5年かかり、教育コストは数千万円規模。しかも途中で辞めてしまえばゼロからやり直しです。さらにSOP改訂では、一つの改訂が数十から数百の関連文書に波及し、人手による確認には限界がありました。
また、ナレッジやノウハウがベテランに強く依存していたことも深刻でした。若手の積極採用を進めてはいましたが、“この経験や判断をどう継承するのか”という不安は常にありました。属人化のリスクを抱えたまま人材構成が変化する状況は、企業全体の安定性にも影響するものでした。
この13品目承継は、まさに“従来のやり方では立ち行かない”という現実を突きつけた出来事でした。デジタル化を進めなければ、経営課題そのものが解決できないという認識を強める契機になったのです。
ー STiV導入後の変化について教えてください。
STiVは文書群を横断的に扱えるため、関連情報を即座に抽出できるようになり、情報収集や整理の時間が大幅に短縮されました。従来ベテランに依存していた業務も若手が担えるようになり、ナレッジ継承への不安が和らぎ、属人化リスクも低減しています。さらに『誰かが抜ければ業務が止まるのでは』という不安がなくなり、組織として安定して業務を継続できる基盤が整ったと感じています。
※太陽ファルマ社の具体的なユースケースや「どれくらいの工数削減に繋がったか」などの導入効果の詳細は、こちらの無料ダウンロード資料にてご覧いただけます。
“製薬発AI”を形にしたファンリード 太陽ホールディングス株式会社 常務執行役員/株式会社ファンリード 代表取締役社長 小林 慶一 氏
STiVの開発と提供を担ったのは、太陽グループのIT中核企業であるファンリードです。小林氏は、ベンダーとしての立場から「なぜ製薬発AIを自ら作り、社外にも展開するのか」について語ってくれました。
ー ファンリードがSTiVを開発した背景には、どのような問題意識があったのでしょうか。
大前提として、人材が確保できない状況でも事業を継続できる仕組みを作らなければならない、という危機感がありました。震災後、化学工場では人材採用がほぼできなくなり、製薬事業でもベテラン頼みの体制が続いていました。“優秀な人がいないと回らない仕組み”では事業に持続性がありません。
そこで社内でよく言っていたのが、“のび太君でも事業を継続できる仕組み”です。少しユーモラスな表現ですが、要は“誰が入っても最低限の水準で業務が回る”こと。それができなければ、経営としてのリスクはどんどん大きくなります。
ー しかし生成AIをそのまま導入しても、現場では使いにくいという声もあります。
まさにその通りです。生成AIを配布すれば現場が勝手に使って成果を出してくれる、というのは幻想といっても過言ではありません。現場はセキュリティやガバナンス、生成されたAIの回答の信ぴょう性に不安を感じ、効果的な使い方もよく分からない。経営から“AIを活用せよ”と指示されても、どうすればいいのか戸惑うのが現実です。
そこで私たちは、単なるツール導入ではなく“現場で成果が出る仕組み”を意識しました。RAGで社内文書を検索できるようにし、薬事データベースとつなげ、マルチLLMに対応させる。さらに、ユーザーが迷わないようにプロンプトテンプレートを用意しました。こうした工夫を重ねることで、ようやく“使えるAI”になるのです。
ー 伴走支援もその仕組みのひとつですね。
はい。AIは導入しただけでは定着しません。だからカスタマーサクセスが必ず伴走します。導入後の利用状況を定期的に確認し、“より効果の上がるユースケースを一緒に考える” “現場の声をもとにプロンプトを改善する”といったサイクルを回しました。
ユーザー様の現場で『このツールは自分たちのために進化している』と実感してもらえることこそが、定着の大きな要因であると思います。AI導入のポイントは技術的な側面だけではなく“現場との信頼関係”なのだと強く感じています。
STiVを品質保証に活かす 太陽ファルマテック株式会社 取締役 中垣 知綱 氏
太陽ファルマテックは、品質保証業務における「根拠探し」の負担や属人化に対し、STiVの活用を検証してきました。監査やSOP改訂で効率的に文書を提示できるか、製薬業務の中で安心して使える生成AIなのか、さらには他のユースケース拡大の可能性について語っていただきました。
ー 品質保証部門でSTiVを検証しようと考えた背景には、どのような課題があったのでしょうか。
品質保証業務では、監査や自己点検、SOP改訂、逸脱対応などあらゆる場面で「根拠を探す作業」が大きな負担になっていました。関連する規制文書や社内の記録を探し出すにはベテランの経験が不可欠で、若手には対応が難しい側面があります。結果的に業務がベテランに集中し、属人化につながりやすい状態でした。今後のビジネス強化をめざし、より効率的な業務体制のためのナレッジ共有の仕組みとして、STiVの検証を始めました。
ー 実際にSTiVを現場で使っていく中で、どのような気づきがありましたか。
例えば指摘事項の根拠を調べるケースでは、従来に比べて効率的に文書を提示できる可能性が見えてきました。また、汎用AIと比較すると、STiVの方がより実務に即した回答を返す場面があり、現場業務との相性の良さを感じています。もちろんすべてのケースで十分な結果が出ているわけではなく、どの領域で本当に活用できるかを引き続き検証している段階です。
※ 太陽ファルマテック社の具体的なユースケースや、「STiVの方が実務に即していると感じた具体的なポイント」の詳細は、こちらの無料ダウンロード資料にてご覧いただけます。
ー ユーザーとして、STiVの利用にどのような将来展望をお持ちでしょうか。
まずは品質保証の分野でしっかり有効性を確認することが重要ですが、過去の逸脱や変更管理の記録検索、あるいはマニュアルの参照支援など、製薬業界のバリューチェーンにおける他の業務にも応用できると感じています。品質保証部にとどまらず、さまざまな部門で「業務の根拠を素早く提示できる仕組み」として広げていきたいと考えています。そのためにも、既存システムとの連携やユーザー側のリテラシー向上といった課題を乗り越え、現場で本当に役立つ形に磨き上げていくことが必要だと考えています。そしてこのようなユースケース拡大を実現していくことが、結果としてSTiVというサービス自体の磨き上げにも繋がると信じています。
ユーザー企業が実感する導入効果 KMバイオロジクス株式会社 常務執行役員 松本 隆之 氏
KMバイオロジクスは、かつての化血研を母体に事業承継されて誕生しました。過去の不祥事を乗り越え、品質保証体制を再構築するプロセスの中で、STiVを導入しました。ユーザー企業としての実感を、松本氏に伺いました。
ー 導入の背景には、どのような事情があったのでしょうか。
私たちは過去の不祥事から、“監視機能を立て直すこと”を使命としてスタートしました。その不祥事には、組織としての権限や責任が不明確で監視機能が十分に働いていなかったこと、品質保証や薬事部門の人員・知識不足、内部監査機能の不十分さ、そして製造優先でリソースが偏ったことなど、複数の要因がありました。
結果として品質保証部門は慢性的に人材不足で、新人教育には3〜5年、数千万円規模のコストがかかる。育成しても途中で離職してしまえば、その投資は回収できません。正直、将来を考えると持続性に強い不安がありました。
監査対応の準備も大きな負担でした。照会事項に答えるためには、過去の資料を膨大に調べ、根拠を揃えなければなりません。属人的な知識に頼らざるを得ず、『この人がいないと対応できない』という状況が続いていました。結果として、潜在的なリスクや“ハザード”を放置してしまう危険性すらあったのです。
ー STiVを導入して、どのように変化しましたか。
STiVにより必要な事例や法規を瞬時に検索でき、監査対応のスピードが向上しました。新人でも一定レベルで対応できるようになり、教育効率も改善。結果として“ハザードを放置せず確実に潰せる体制”に近づいています。
※KMバイオロジクス社の課題であった、「具体的に放置されていたハザードの内容」と、そのハザードに対して「STiVでどのようにアプローチしたか」の詳細は、こちらの無料ダウンロード資料にてご覧いただけます。
ー 現場の雰囲気に変化はありましたか。
はい。これまでは品質保証は“負担の大きい仕事”と捉えられていました。監査の準備に追われ、時間に余裕がなく、精神的なプレッシャーも強かった。しかしSTiVが支えてくれることで、“根拠が見つからないのではないか”という不安が減り、安心して仕事ができるようになったのです。
その結果、『品質保証は面白い仕事だ』『自分の成長につながる』という“わくわく”感を得られる社員が増えてきました。人材定着にも効果が出ています。これは数字以上に大きな成果だと考えています。
偶発的な不正を防ぐAIの意義 熊本保健科学大学 特命教授 蛭田 修 氏
学術的な視点からは、AIが製薬業界の「不正防止」にどのように寄与するかが注目されています。特に悪意のない中で生じる“偶発的な不正”をいかに防ぐか、そしてその際に求められるデータの信頼性確保について、熊本保健科学大学の蛭田先生にお話を伺いました。
ー 製薬業務における不正をどのように捉えていますか。
不正には大きく“故意”と“偶発”の二種類があります。製薬業界でより深刻なのは、後者の偶発的な不正です。知識や経験の不足、検出力の弱さ、気づきの欠如が重なり、結果として手順不順守や記録不備といった不正が制度化してしまう。本人たちに悪意はなくても、重大事故や信頼失墜につながる危険があります。
AIは万能ではありませんが、こうした偶発的な不正を減らす上で大きな役割を果たせます。過去の事例や規制情報を横断的に整理し、必要な根拠を即座に提示できる。人間の“見落とし”を補うことで、データインテグリティを確保しながら説明責任を果たす体制を強化することにつながります。
ー 特に重要な観点は何でしょうか。
カギになるのは“どのデータを信頼できるか”を明確にすることです。AIを導入する際には、どの情報を保証対象とし、システムがどこまで担保できるのかを定義しなければなりません。完全な自動化は現実的ではなく、最終判断はあくまで人が担う必要があります。AIはその判断を補助する道具として位置づけることが重要です。
私は厚生労働省と連携し、製薬業界のデジタル活用事例集の作成にも関わっていますが、そこでも生成AIを活用したナレッジマネジメントが有効な事例として取り上げられています。行政・産業・学術が連携し、知見を蓄積し実務に還元していく枠組みが、今後ますます求められるでしょう。
ー STiVのような仕組みをどう評価されていますか。
STiVは、製薬企業の現場課題を出発点に開発され、実務に即して磨かれてきた点に特徴があります。理論先行ではなく、現場で必要とされたからこそ形になった。そのため、偶発的な不正を防ぐ上で現実的に機能し得るツールだと考えます。学術的にも、このように“現場発で改善を積み重ねていく取り組み”は非常に価値があると思います。
クロージング:製薬発AIが描く未来
今回ご紹介したSTiVの歩みは、
- 太陽HDのグループ戦略から構想が生まれ、
- 太陽ファルマの13品目承継が開発の契機となり、
- 太陽ファルマテックでの各種検証を行い
- KMバイオロジクスでのユーザーとしての効果実感、
- さらに学術的な視点からの評価、
といった多様な立場から語られたものです。
※今回の記事でご紹介した3社の取り組みの具体的なユースケースや導入効果については、こちらの無料ダウンロード資料にてご覧いただけます。
私たちファンリードは、こうした現場の課題や声に支えられながらSTiVを開発・提供してきました。STiVはまだ発展の途上にあり、導入企業の皆さまの実務に寄り添いながら、より使いやすく、より価値ある仕組みに磨き上げていく必要があります。
本記事が、同じような課題を抱える製薬企業の皆さまにとって、何らかのヒントや気づきとなれば幸いです。そして、STiVがその一助となれるよう、これからも誠実に取り組んでまいります。